松霖鍋燒始府創始故事(日)

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    一生で唯一のことに専念

     
     

    《松霖鍋焼き始府》の創立人である黄寶嬌氏は、一生懸命にオリジナル鍋焼き意麺(イーめん)を作り出した台南の女性である。
    1994年に当時妊娠した黄寶嬌氏はいつも日に大きくなっていく自分のお腹を撫でて、思って、子供が生まれたら、いつも一杯の簡単な鍋焼き麺でも作って、子供と一緒に食べることが出来るなら、あれは平凡だけど一番幸せなことではないかと思って、楽しみにしていた。その後、黄寶嬌氏はただ一つの自慢料理を生かそうと思って、一杯の幸せで責任が重い「鍋焼き意麺」を作る商売で一家の生活を支えることを決定した。
    まず、師匠から鍋焼き料理のコツを習ってから、故郷である台南の安平に戻ってきた。まだお腹にいる長子を松霖という名前を付けておいた、松は松に雫が青くて長い、霖は雨が降ってきた天水という意味で、松霖が代々繁栄し続けるようにお願いした。さらに子供の名前を店名にして、主に手作りの飲物と鍋焼き麺をやっている複合式の軽食堂─「松霖茶坊」を始めた。

      「一生をかけて唯一のことに専念」というのは黄寶嬌氏一生で生活に対する信念である。数年も経ち、心を打ち込んで研究した結果で、黄寶嬌氏が分かってきたのは、鍋焼き意麺の美味しさのコツとは先ず「ベースのスープ」と「麺」と結合すること、次は具のことだ。 彼女は一生で精一杯力を入れたのは、長時間煮込んでいて、普通の鍋焼き意麺のスープとは違う「豚骨野菜スープ」と製麺職人と協力で開発した「製麺職人の特製意麺」及び常温豚肉を使って、48時間も漬け込んだ「自家製の黒胡椒肉切れ」との食材である。以上の三つのセットで、一つの看板料理になるのだ。旨味のあるスープ、卵の香りに溢れる麺及び自家製の黒胡椒肉切れ、いずれも黄寶嬌氏の一生の志を伝えていくことだ。彼女は自分の経験を命の養分にして、これらの養分を一杯に一杯の鍋焼き意麺の中に入っている。

      二十年の歳月が過ぎていて、黄寶嬌氏はより本場の鍋焼き麺をお客様に召し上がると思ったから、2017年に「松霖茶坊」を鍋焼きシリーツの専門店に転じ、店名も「松霖鍋焼き始府」に変え、全く新しい姿勢で再スタートした。
      かつて黄寶嬌氏が「私は商売人ではないし、商売のことも知らないし、私は一杯の麺を作って、子供に食べてやる気持ちしか分からない」と言った。一人の平凡な女性で、一生平凡な人や事物などを守ってきたけど、平凡ではない物語を作り出した。